岡村靖幸

岡村靖幸で「赤裸々なほどやましく」

岡村靖幸8枚目のオリジナルアルバム「操」は全9曲収録されている。収録曲の8曲目が「レーザービームガール」。そして、最終曲が「赤裸々なほどやましく」だ。

後半のラストにこの2曲が続いて「操」という作品は終了する。

この2曲に共通しているところは、ポップでメロディが流麗で、でも、どこか寂しくて…何とも言えない余韻が残るという点。

僕が「操」の大好きなポイントの一つは1曲目から順々に聴いていき、最後の「レーザービームガール」からの「赤裸々なほどやましく」の畳みかけである。

聴き終わった後に凄くセンチメンタルな気持ちになる。ちょっと大げさだが、「人間の命の有限さ」とか「儚さ」をすごく感じる。

岡村靖幸はアルバムの曲順に相当なこだわりがあるらしい。故に「操」のラストに「レーザービームガール」と「赤裸々なほどやましく」を連投したのにも理由があるはずだ。

現国のテストなんかで

傍線部Aの一文から読み取れる作者の想いを説明せよ

みたいな問題のように

「操」をフルで聴く度に、岡村靖幸がラストにこの2曲を配置した意味を考えてしまう。

というわけで、本日は「赤裸々なほどやましく」についての感想です。

「レーザービーム」の続きとして捉える

「赤裸々なほどやましく」は前曲「レーザービーム」と同じ世界観の曲だ。曲の温度帯や歌詞の空気感が似ている。もしかしたら、この2曲は岡村靖幸が同じ日に作曲した曲なのかもしれない。それくらい血のつながりのようなものを感じる。

「レーザービームガール」については↓の記事で感想を書いています。

岡村靖幸でレーザービームガール 岡村靖幸が作るラブソングと言えば、「カルアミルク」「イケナイコトカイ」「友人のふり」あたりが代表作として挙げられる。他にも「妻になって...

冒頭の歌詞から岡村流

歌いだしの歌詞が

3+6みたいに10から1引きゃ9になるから

幅広く浮かんだイメージ描こう

なるほど!

…えっ?

どういうこと?

わかるようでわからない。これぞ岡村節である。

切なさ→儚さ

ミディアムで無駄な力が入っていないナチュラルな曲調に乗せて

何千の星みたいに光る証に命あるから

讃えよう 暮らしは平庸でいいから

今流れ出る雨も涙も果てるの?

刹那を今感じてる 君とだけ感じてる

今までの岡村靖幸の歌詞とは少々毛並みが異なるように感じる。

岡村靖幸の歌詞から「切なさ」を感じることはこれまでにもあった。「イケナイコトカイ」や「ペンション」、それこそデビュー曲の「アウトオブブルー」にしたって切な系だ。

しかし、この歌詞からは「儚さ」を感じる。岡村靖幸さん自身、年齢を重ねて歌詞が深化したように思う。

ただっ広い未来をていねいに見い出そう

この歌詞にある「未来」というのも「無限にある未来」ではなく「有限の未来」だからこそ、ていねいに有意義に生きていこうみたいな意味合いに感じる。

50代の岡村靖幸が歌うからこその意味、感じ取れるメッセージがある。

変わらない一貫した岡村ちゃんもいる

「赤裸々なほどやましく」は落ち着いた大人な男女の恋愛模様のように見えるが、

だんだん好きになるよ 今まで経た過去の誰より

この歌詞からは、これから好きになっていく過程の状態であることが伺える。つまり、まだ付き合っていない。ということは、岡村靖幸のことだからまだ絶対に告白はしていないし、この先も絶対告白出来ない(断言)。

今デートしようってとっさに浮かんだ

デートすらまだしていないのだ。たかがデートをするか否かを「赤裸々なほどやましく 譲れない程激しく」考えているのだ。まるで中学生である。

毎晩話したいよ家のベッドシーツの柄見たいから

「毎晩話したいよ」は願望であり、毎晩話すほどの関係性ではないことを意味する。
家のベッドシーツの柄が見たい(←変態である)ということはまだ家にもあがらせてもらっていないわけだ。

まとめ

岡村ちゃんは壮年14歳!

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